父が大事に守り継いだ味を後世へ
兄弟で守る伝統の味
愛知県北設楽郡豊根村。
ここで商いを続ける林商店は、豊かな自然に囲まれた、この地の冷涼な気候を生かし、漬物の製造販売を行っている。
そのメインとなるのが、素材や製造すべてにこだわった金山寺みそ「田舎きんざんじ」
原材料の野菜から自分たちの手で育て、創業からの味を大切に守り継いでいる。
父である二代目の譲治さんの後を継ぎ、林商店の三代目を継承したのは林良至さん。弟の宏成さんと共に、昔ながらの金山寺みその味を大切にすると共に、新たな味と可能性をも求め、新商品の開発にも余念がない。
個人商店の継承者不足が懸念される昨今、ともすれば廃業の道をたどる店も多いなか、良至さんは、なぜ父の後を継ぐことを迷わなかったのか。
金山寺みそ作りに携わる想いと共に、その気持ちを聞いてみた。
林商店の金山寺みそ
林商店が、この地域で金山寺みその販売を始めたのは、今から64年前にさかのぼる。
良至さんの祖父が創業した食料品店で、祖母が身近な野菜を使い、みそ作りを始めたのがきっかけだ。
その後、父の譲治さんがその後を継ぎ、改良を重ねながらも、昔ながらの味と製法を保ってきた。
金山寺みそは、東三河や奥三河地方の郷土料理で、古くからこの地域に伝わる具だくさんの食べるみそ。
塩漬けした野菜の塩を抜いてから細かくきざみ、麦麹と合わせて発酵させ、保存食としている。発酵食品なので体によく、栄養も豊富だ。
みそに使用する野菜は、山ごぼう、なす、カリモリ、キク芋、ショウガ、しその実の6種類。
林商店ではそのうち山ごぼうを除く5種類を、自分たちの畑で大切に育てた野菜でまかなっている。
「その季節ごとに採れた野菜を、なるべく早く、新鮮なうちに塩漬けにして保存します。収穫と並行して塩漬け作業もしなければならないので、収穫時期には作業量も多くなり大変です」
野菜の収穫や塩漬け作業だけではなく、金山寺みそや漬物の製造には、丁寧さを求められる手作業や、重いものを扱う力仕事が多く、一人でまかなうには大変な部分が多い。
二代目である父親の譲治さんも、創業者である自分の父親の手助けをする形で、郵便局員の仕事を辞め、家業を継いだという経緯がある。
幼少期から、仕事をする父の後姿を見て育ってきた
良至さんが、みそ作りに従事してから今年で20年になる。
当時は他の仕事をしていたが、父親の譲治さんが過労で倒れるという事態があり、それをきっかけに転職を決めた。
幼少期から、週末にはこの場所に来て、父親の仕事の手伝いをしていたので、みそ作りの仕事に就くことについては、何の抵抗もなくスムーズだったという。
「20年前には、このあたりの商店やスーパーなど、色々なところへ商品を置かせてもらっていました。口コミで人気がだんだんと広がっていって、取引先の店舗数もかなりありました」
「当時は親父一人でやっていたので、仕事が回りきらなくなって、過労で倒れてしまって」
「仕事を手伝うのも、後を継ぐのも僕しかいなかったし、長男なのでやるしかないという想いもありました。取引先の方々に、迷惑をかけることもできませんでした」
小さい時から、みそ作りをする父の背中を見て育ってきた。
その父親が大事にしてきた金山寺みその味を、自分の代で途絶えさせることはできなかったのだ。
兄弟で協力して
良至さんが父親の手助けをしたのと同じように、今では弟の宏成さんも、兄の仕事を手伝うようになった。二人で業務を分担して行っている。
「ゆくゆくは、兄一人での作業では、無理になる時が来るなと思いましたから」
力仕事や畑仕事など、労力の必要な仕事を二人で協力してこなし、休日には二人で釣りにもでかける。 特に決まった役割分担などは設けていない。お互いの足りない部分をそのつどおぎない合うというのが仕事のスタイルとなっている。
兄弟だから合わせられる、呼吸のようなものかもしれない。
「世間では、事業継承がうまくいかずに、廃業をするという話も聞きますが、自分のまわりの自営業の人は、だいたい家業を手伝っていますよ。自営業だと、親の姿を身近で見る機会に恵まれているからかもしれませんね」
「それに、みなさんが、美味しいと言ってくれる評判のいいものを、やめてしまうのがもったいない、という気持ちもありました」
時代の流れも視野に入れて
とはいえ、時代とともに顧客の好みもだんだんと変化が表れてくる。
最近では、個人商店が大型スーパーにとって代わられて、取引先の数も減ってきている。
いちど食べたら、その昔ながらの味を、長く愛してもらえるのが金山寺みその強みではあるが、今の若い人達にはなかなか興味をもってもらえない。
納豆と同じで発酵食品なので、体にもいい食品だが、食べてもらう機会がほとんどないのだ。
「今のお客様で、需要と供給は満たされていますが、できればもっとみんなに食べてもらいたいですね。そのためには若い人が興味を示すように、金山寺みそを使った新しい商品の企画なども日々考えていますし、ホームページも整えました」
「特に若い人に食べてもらいたい」そんな想いを持って、金山寺みそを練りこんだフランクフルトを試行錯誤して作り出した。
最初は「そんなものは売れないよ」と言われることもあったが、テレビで紹介される機会もあり、少しずつ売り上げが伸びてきた。
今では、ホームページを通して販売したり、この地方の道の駅でも取り扱いがあるという。
「希望としては、設備の拡充を図りたいです。製造数が増えないと売り上げも伸びないし、販路拡大もできない。忙しさに追われるだけではなく、色々と考えて、いい状況になるような働きかけもしたい。できるだけプラスの方向へもっていけることを考えています」
林商店のこれからを語る良至さんの話を、父親の譲治さんが柔和な笑顔で聞いている。
父親がその背中を見せる事で手渡した仕事への想いは、しっかりと次の世代へと引き継がれて行く。
インタビュー:佐治真紀 執筆・撮影:中島かおる