旅とカレー、そして地域へ
中島さんが見つけた「生き方」のかたち
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旅から始まった人生の選択
愛知県半田市で生まれた中島成人さんは、関東で育ち、大学卒業後は東京の映像制作会社で働いていた。
日本大学芸術学部で映像制作を学び、CM制作の現場で忙しい日々を送っていたという。
当時の生活は、昼夜を問わず働くような環境だった。
「社会に出た頃はバブルの時代でした。業界はとにかく忙しくて、24時間働くような生活でした。でもそれが当たり前の空気でもあったんです」
そんな中でも、中島さんの心を引きつけていたのは「旅」であった。
「中学2年の時に、湘南から豊橋まで2泊3日で自転車で行ったんです。ユースホステルを調べて、公衆電話で予約して。あれが最初の旅でした」
その経験から、「どこへでも行ける」という感覚が生まれたという。
やがて海外にも旅を広げ、オーストラリアやインド、ネパールなどを訪れた。
「インドやネパールでは、泊まった宿の台所で料理を教えてもらったりしました。そこでカレーの作り方を覚えたんです」
この体験が、後の人生を大きく変えることになる。
カフェから始まったカレーの道
38歳のとき、中島さんの人生は大きく方向を変える。
母親の体調が悪化したことをきっかけに、東京での生活を離れることになったのだ。
「母が人工透析をしなければいけなくなって、東京の生活を全部やめて静岡に戻りました」
仕事を辞め、しばらくは貯金を切り崩して生活していた。
そんな中、知人から「セルフビルドでカフェをやろう」という誘いを受けた。
「カフェをやろうという話になったんです。でもこの辺りにはカレーがなかった。じゃあカレーを出してみようか、という流れでした」
最初はチキンマサラ、キーマカレー、もう一種類の三つだけのシンプルなメニューだった。
評判は徐々に広がり、豊橋や浜松からも客が訪れるようになる。
「気がついたらカレー屋になっていました。最初はカフェのつもりだったんですけどね」
やがてカレー専門店として独立し、浜松で18年間店を続けた。
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自分のペースで働く店へ
長く続けた店は33席ほどの規模で、スタッフも雇う大きな店になっていた。 しかし60歳を前にして、中島さんは新しい決断をする。
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「このまま倒れたら、いろんな人に迷惑がかかると思ったんです」
そこで、もっと小さく、ひとりで運営できる店にしようと考えた。
家賃や固定費を抑え、自分のペースで働ける店を目指したのである。
移住先を探す際に決めていた条件が一つあった。
「温泉のある町に住みたいと思っていたんです」
温泉があり、自然があり、地域のコミュニティが元気な場所。
そうして辿り着いたのが東栄町である。
「なんとなく思っていたことが、全部叶ってしまった感じですね」
今は自宅から歩いて温泉に行ける生活だという。
カレーは毎日食べられる料理
中島さんの店のカレーは、重たくない味わいが特徴だ。
毎日でも食べられるカレーを目指している。
「バターや油をたくさん使うと確かに美味しいんですが、飽きてしまうんです。僕のカレーはもたれない。夜でも食べられるような感じですね」
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スパイスは注文ごとに調整し、辛さも個別に変えている。 そのため提供には少し時間がかかるが、香りが一番よい状態で出せるという。
「スパイスは新鮮なうちに食べてもらうのが一番なんです」
こうした手間をすべて一人で行っている。
旅人として生きる感覚
中島さんは、自分を「旅人」だと語る。
「この世の中には、旅人と非旅人しかいないと思うんです」
観光として旅をする人もいるが、旅が生活になる人もいるという。
「旅が生活になると、家に帰るという感覚が薄くなるんですよ。最低でも一ヶ月、できれば一季節くらいどこかに行きたいと思っています」
ただ今は店があるため、長い旅には出られていない。
それでも、いつかまた旅に出たいと考えている。
100年先を考える場所
店には薪ストーブやペレットストーブも置かれている。 木質燃料の利用にも関心があるという。
木材を燃料として循環させる仕組みがあれば、地域の資源を活かした暮らしができる。 そうした未来を思い描いている。
また、この店を単なる飲食店ではなく、人が語り合う場所にしたいとも考えている。
「カウンターで話をして、100年先の社会のことを考える。そんな場所になったらいいと思っています」
生涯現役という目標
中島さんには、明確な目標がある。
「ここを死に場所にしようと思っています。生涯現役です」
年齢を重ねれば働き方は変わるかもしれない。 それでも、できる形でカレーを作り続けたいという。
「一人でも多くの人に、美味しいカレーを食べてもらえればいい。それが僕の人生です」
カレーを作りながら、人と語り、地域と関わり、未来を考える。 中島さんの店は、そんな時間が流れる場所になっている。
店名は「マナ」。
どんな意味が込められているのか、中島さんにきいてみてほしい。

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インタビュー・執筆:佐治 真紀 撮影:中島かおる


