地域おこし協力隊を卒業し、起業へ
~子育て世代が選んだ愛知県山村での暮らし方~
愛知県北設楽郡豊根村に2024年12月に移住し、地域おこし協力隊として活動後、2026年1月に起業した澁澤菜月さん。
子育て世代として山村移住を選んだ理由、協力隊を1年4か月で卒業した背景、そして豊根村で始めた新しい事業について話を伺った。
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ステージの裏側が好きだった
澁澤さんは愛知県弥富市出身。田畑に囲まれた地域で生まれ育った。
高校卒業後、東京の専門学校でステージ製作を学び、コンサートやフェスなどの舞台製作に関わる。
大型テーマパークで働いたこともあった。
舞台袖から見えるステージと客席を眺める時間、そしてパークで多くのゲストを迎える日々の中、あることを思ったという。
「裏方は汗臭く、とことん情熱をもって動いている人たちがいる。その上に演者さんとお客さんのキラキラした空間が生み出されことに、やりがいを感じていました。」
それが彼女の原点である。
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愛知県豊根村へ移住した理由
結婚後は、夫の転勤とともに転居を重ねていた。暮らしが変わる転機となったのは、新型コロナウイルスの流行だった。
外出制限が続く中で夫が以前から興味があった農業を学び始め、それをきっかけに伊豆高原で仕事をする運びになったという。
「生活がガラッと変わり、“自分達らしい生き方”を改めて考えるようになりました」
伊豆での暮らしは充実していたが、自然に触れるたび故郷を強く思い出すようになった。
しかし地元の景色は自分が子供のころに見ていたものとは大きく変わっていた。
里山が残る地域を探していたら、豊根村を知り興味を持った。
家族みんなで一度行ってみようと訪れた時のこと。車の窓の外に目をやると、木々の間から柔らかな光が差し込んでいた。
「その景色を見たときに、ここで暮らしたいと思ったんです」
それは理屈ではなく、感覚に近いものだった。
さらに、移住を検討している時に出会った村の人々との会話も大きかった。
話をする中で、この場所での暮らしが少しずつ現実のものとして感じられるようになった。
「何度か訪れるたびに、とにかくここで暮らしてみたいという思いが強くなりました。」
自然の風景と、人との出会い。その二つが重なり、豊根村への移住を決めた。
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観光協会で見えた地域の姿
移住後、地域を知る手段として地域おこし協力隊に着任。
観光コースとして豊根村観光協会での仕事に携わった。
イベント運営や広報、観光客の案内など、村の観光に関わるさまざまな業務に関わっていく中で、観光についての考え方も変わっていったという。
「観光って、人を呼ぶことだけじゃないんだと思いました」
観光客が訪れる場所には、もともとその土地で暮らしている人たちの日常がある。
そのバランスが崩れると、地域そのものが疲れてしまう。
「観光は、地域の暮らしの延長にあるものだと思います」
この考えは、事業の方向性にもつながっていく。
子育て世代にとっての豊根村の魅力
澁澤さん一家は小学生、年長、3歳の3人の子どもを育てている。
小学生と年長の子には、人とのコミュニケーションが難しいところがあり、引っ越し前は登校・登園を嫌がることも多かった。
時には疲弊しきって帰ってくる姿に、心が痛んだこともあった。
豊根村での暮らしは、子どもたちに変化をもたらした。
「ここにずっと住むよね? もうお引越ししないよね? と子どもたちが言うんです」
保育園に「行きたい!」と自ら言うようになり、注意を受けた時には「自分のために言ってくれているんだ」と受け止められるようになった。
澁澤さんは、子どもたちの姿からもこの村の魅力を感じている。
「その地域の色は、子どもたちにもよく現れると思っています」
地方移住を検討する子育て世代にとって、教育環境や人との距離感は大きな関心事である。
豊根村は、少人数の中でも多様な関わりがあるという。
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地域おこし協力隊を1年4か月で卒業した理由
地域おこし協力隊として活動する中で、地域との関わり方についても考えるようになった。
「地域について学び、暮らしていくためには地域おこし協力隊はとても良い制度だと思う。けれど自分が活動していく中で、どこか一線引いた活動になってしまう気がしたんです。」
任期3年を待たず、卒業する決断をする。
「協力隊のメリットと自分でやっていくメリットを天秤にかけたとき、心が赴くままにやっていきたい気持ちが勝ちました」
地域おこし協力隊卒業後の進路に悩む人も多い中、澁澤さんは起業という道を選んだ。
「とよね探訪舎」とは
2026年1月に立ち上げたのが「とよね探訪舎」。
村のあらゆることをテーマに編集し、発信することをメインとしていく事業だ。
村の人、自然、食、文化、歴史、暮らしの知恵。村にとっては当たり前のことでも、村の外から見ると価値のあるものがたくさんある。
「村にあるひとつひとつのもの、一人一人の存在が魅力で、財産だと思っています」
村のリアルを伝える。その結果として人が訪れる。派手な観光ではなく、ささやかに広がっていく形を目指している。
「スポットライトを持って、村内を歩き回るイメージ。 “探訪”というように、自分自身も村内を旅しながら事業を育てていきたい。」
観光を軸にしながらも、観光によって暮らしが脅かされることは避けたいという。
「村を知らなかった人が知る・訪れるきっかけになることはしていきたい。けど村の中は変わらず暮らしていてもらいたい。その区切りは大事にしたい」
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豊根村で“ずっと住みたい”と思える暮らし
現在は戸建て住宅を借り、自分たちで修繕しながら暮らしている。
夫も村で店舗づくりを進めており、家族ぐるみで根を下ろす準備をしている。
「本当にずっと住みたいと思っています」
大規模な開発ではなく、一人ひとりの価値を編み直すこと。 それが澁澤さんの選んだ、豊根村での働き方である。
移住、子育て、働き方・・・
人生の選択肢の一つとして、豊根村の暮らしがここにある。
【とよね探訪舎】
HP:https://takeyourtime.website/
Mail:toyonetanbousha@gmail.com
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インタビュー・執筆:佐治 真紀 撮影:中島かおる


