森を走るという生き方
プロオリエンテーリングランナー伊藤樹さんが設楽町で挑戦する理由
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「冒険」をスポーツにした競技との出会い
山の中を地図だけを頼りに走り、チェックポイントを巡ってタイムを競うスポーツ「オリエンテーリング」。
そのプロ選手として活動しているのが、静岡県浜松市出身の伊藤樹である。
現在29歳。大学時代にこの競技に出会い、その魅力に取り憑かれた。
「大学にオリエンテーリング部がありまして、体験入部したのがきっかけでした。高校までは陸上をやっていたんですが、大学では新しいことをやってみたいと思っていたんです」
最初は走る楽しさに惹かれたという。山の中を駆け抜ける感覚は、舗装された道路を走る陸上とはまったく違うものだった。
「舗装されていない地面を踏む感触、落ち葉や枝を踏みながら進んでいく感じがすごく好きでした。さらに道を外れて森の中を進むこともできる。そういう“冒険”のような感覚にハマったんだと思います」
(伊藤さんからお借りした写真)
オリエンテーリングは、単なるランニングではない。
競技用の地図を読み取り、自分でルートを判断しながら進む「ナビゲーションスポーツ」でもある。
「ポイントは決まっているんですが、その間をどう進むかは自分次第なんです。険しい近道を行くのか、遠回りでも安全な道を選ぶのか。その判断で結果が変わるのが面白いところです」
日本一、そして世界へ
大学4年のとき、伊藤は大きな結果を残す。学生日本一を決める大会と日本選手権で優勝したのだ。
「結構追い込んで練習していました。大学4年のときにインカレと日本選手権で優勝できたんです」
日本選手権を制すると、世界選手権への出場権が得られる。
多くの選手はここで就職し、競技は仕事の合間に続ける道を選ぶ。しかし伊藤は違った。
「この競技に育ててもらったという気持ちがあったので、何か貢献できる生き方ができないかと考えました。それで就職ではなく、プロとして活動する道を選びました」
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現在はスポンサーの支援を受けながら競技活動を続けている。
ただ、それだけでは生活は成り立たないため、アウトドア関連の事業も行っている。
「大会の運営を手伝ったり、トレイルランニングやナビゲーションスポーツのイベントをサポートしたりしています。個人事業としてそういう仕事をしています」
設楽町への移住
伊藤が現在暮らしているのは、愛知県設楽町である。山深いこの町に移住したきっかけは、地域おこし協力隊だった。
(伊藤さんからお借りした写真)
「設楽町がオリエンテーリングなどのアウトドアで町おこしをしたいという話があって、僕のやりたいことと一致したんです」
大学卒業後、山梨県北杜市で活動したのち、協力隊として設楽町へ。任期3年を終えた今も、この地で生活と競技を続けている。
山の中の暮らしは決して便利ではない。近くにコンビニもスーパーもない。
「夜中にちょっと何か食べたいなと思っても行けないんですよ。でも誘惑がなくなるので、アスリートとしてはすごく良い環境かもしれません」
さらに、この地域の人との距離の近さも特徴的だ。
「近所のおじちゃんおばちゃんが、ふらっと家に来て『元気か?』って声をかけてくれるんです。古民家なので片付けを手伝ってくれたりして。孫みたいに見てもらっているのかもしれません」
こうした人間関係を、伊藤はむしろ心地よいと感じている。
「もちろん合う合わないはあると思います。でも僕はこういう距離感、結構好きですね」
山がトレーニング場
設楽町の環境は、競技面でも理想的だという。
オリエンテーリングのフィールドは山であり、舗装されていない地面や起伏の多い地形が必要になる。
(伊藤さんからお借りした写真)
「街に住んでいると、そういう環境はなかなかないんです。でもここではすぐに山に入れるので、トレーニング環境としてはすごく良いですね」
現在のトレーニングは、週に約10時間。距離にして約100キロ、標高差2000メートルほどを走る。
「一度にたくさんやるのではなくて、毎日コツコツ積み重ねるのが基本です。長距離競技は継続が大事なんです」
雨の日でも基本的に走る。大会は天候に関係なく行われるからだ。
「環境に左右されないことも大事だと思っています」
競技と地域をつなぐ
伊藤は設楽町の小中学校でもオリエンテーリングを教えてことがある。
「林間学校や野外研修で体験してもらっています。新しいことなので、子どもたちはすごく楽しんでくれます」
その後、町の大会に参加する生徒もいるという。
「『学校でやって楽しかったから来ました』って言ってくれる子がいるんです。そういうのはすごく嬉しいですね」
競技人口を増やすことも、彼の使命の一つである。
(伊藤さんからお借りした写真)
目指すのは世界
伊藤の目標は、まだ先にある。日本一の先には世界がある。
「終わりはないですね。次は世界があります」
競技としてのピークは30代前半とも言われる。その時間を最大限に使いたいと考えている。
「今はまだ競技を追求したい。プロ選手として生計を立てられる環境を整える一年にしたいと思っています」
支えてくれる人への感謝も忘れない。
「いろんな人の支えがあって今の自分があります。働いている方たちのおかげで、自分は競技に集中できている。そのことは常に感じています」
森を駆け抜けるスポーツを広めながら、自らも世界を目指す。
設楽町の山々は、伊藤樹さんの挑戦の舞台になっている。
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インタビュー・執筆:佐治 真紀 撮影:中島かおる
プロオリエンテーリングランナー 伊藤 樹


