スポーツを通して地域を盛り上げたい!
~Uターンして気づいた地域のつながりの大切さ~
愛知県の東部、東三河の中央に位置し、静岡県との境にある、新城市(しんしろし)。市の面積の84%は、豊かな緑に覆われ、東三河一帯の水源の役割を果たしています。桜やもみじが美しい桜淵公園や、「ブッポーソー」と鳴く霊鳥仏法僧(コノハズク)の棲む山、鳳来寺山、市域に国定公園・県立公園があり、特徴ある地形が拡がっています。
新城市の豊かな自然環境を存分に味わい、地域に暮らす人と触れあい、楽しく走ってもらいたい、と開催されているのが、DA MONDE(ダモンデ)トレイルです。今回は、大会を運営する一般社団法人ダモンデ代表の有城辰徳さんに、喫茶店兼コミュニティースペース「ヤングキャッスル」にてお話を伺いました。
「トレイルランニング」・・・「トレイル」とは「未舗装路」のこと。山野などの舗装されていない道を走るアウトドアスポーツのこと。
DA MONDEトレイルのはじまり
―DA MONDEトレイルは、いつごろはじめられたのですか?
「2015年にスタートしました。年に2回、5月と10月に開催しています。」
―どうして『DA MONDEトレイル』という名前にしたのですか?
「DA MONDEと書いて、“だもんで”と読みます。この地域の方言で『そうだから』という意味です。深い意味はないのですが、シンプルな言葉だし、響きが良いし、この地方に根付いたトレイルランニング大会の名前にするにはいいかなと思い、軽いノリで付けました!デザイン重視で英字表記にしてみました。」
―有城さんは、トレイルランニングの選手だったんですか?
「いいえ、違います。僕は、高校卒業後、語学留学でオーストラリアに行きました。現地で、スポーツを楽しんではいましたが、エキスパートのレベルではなくて、趣味として楽しむ程度でした。普通、スポーツ事業をつくる人は、一定のレベルまでスポーツをやったとか、選手だった、という方が多いんですが、僕はそうではなくて、ただスポーツが好きで、その好きなスポーツで新城市を盛り上げれるなら、面白いだろうなって思ってはじめました。」
―どうして、トレイルランニングの大会をスタートしようと思われたのですか?
「新城市では、スポーツツーリズムリズムを通した地域おこしを、2010年ぐらいから取り組んでいます。その中の1つに、大きな集客のあるトレイルランニングの大会がありました。だけど、そもそもトレイルランニングはエキスパート向けのスポーツで、実際にエキスパート向けのコースや内容で行っていることが多かった。初心者でも、誰でも楽しめる大会があってもいいのではと、考えてイベントを立ち上げました。」
確かにトレイルランニングは、未舗装の不整地を走るだけでも難易度が高い上に、アップダウンのある道を走るとなると、体力的にもハードなことは、想像に難くない。完走率が50%を下回るなどの難関レースもあるという。参加してみたいと思ってもその一歩を踏み出すにはかなりハードルが高いスポーツなのだ。
2015年、有城さんたち有志を中心に、DA MONDEトレイルはスタートした。現在では、春、秋、ともに500人もの人が参加するトレイルランニング大会になり、走る人にとってはもちろん、走る人を応援するために訪れる人にも、ゆったりと森の中で過ごす時間を提供している。
「やってみたい」の気持ちにこたえよう!
―DA MONDEトレイルが設定した、アップダウンの緩やかなコースなら、参加できる! と思う人がいたのですね。
「一度やってみたい、という欲求に応えたんでしょうね。それから、トレイルランニングの選手ではない人が運営している安心感はあったかもしれないですね。」
(写真:有城さん提供)
―難易度の高い大会との棲み分けは出来ているのでしょうか?
「難易度の大会があるから、初心者向けのDA MONDEトレイルが成立すると思っています。うちの大会に出て、難易度の高い大会を楽しむようになった方もいるし、難しいコースは疲れたな、と、DA MONDEトレイルにきてくれている人がいます。普及効果を狙うには、難易度の高い大会、そうでないDA MONDEトレイルのような大会、両方あっていいのではないかと考えています。色々なレベルがあった方が、裾野が拡がっていくのではないでしょうか。」
健康志向が高まる中、初心者でも気軽に参加できる大会、遊びに行くだけでも楽しめそう、という写真や情報が、SNSなどを通じて拡散され、トレイルランニングのことが気になっていた人たちに受け入れられたようだ。
(写真:有城さん提供)
―DA MONDEトレイルの良さは?
「1つは、参加のしやすさでしょうか。参加といっても、競技への参加だけでなく、大会会場に遊びに来る、大会の運営に参加してみるという方法もあります。もう1つは、地域主導で、地元の人が、自分たちのためにやっているっていうことでしょうかね。ここに住む私たちが、私たちの活力のために、みんなと一緒に楽しい空間をつくって、地域のお祭りみたいにしたい、というゴールに向かってやっているという点は、今までスポーツ振興とは、少し違いますよね。どちらかというとまちづくりや、地域性みたいなものがすごく出てますね。」
(写真:有城さん提供)
ダモンデトレイルは、走る人にとっても、気軽なコースで参加しやすいが、そればかりではない。走らない人にとっても楽しめる空間があるのだ。大会当日、会場である愛知県民の森 大芝生広場では、音楽が響き、おいしそうな香りが漂い、さながら音楽フェスのような雰囲気がある。大会に出場する人、走る人を応援する人、地域のお店が出店して会場の雰囲気を盛り上げる人、誰にとっても参加しやすい、参加してみたい、と思わせる空気がそこにはあった。
(写真:有城さん提供)
地域の人が関わることの良さ
ー地元を盛り上げるために何かやりたい、と思っていた人たちがいたのですね。
「地域おこし協力隊在任中に地域の人からは、「私は、トレイルランニングの競技者として参加はできないけど、何か地域を盛り上げることしてみたいんだ」とお聞きしたりして、活躍の場を欲していることは知っていました。」
7年13回の開催を経て、見えてきた世界がある、という有城さん。今ではとても意欲的で活動的な有城さんだが、実は、幼い頃は、運動が苦手で内気な少年だった。海外留学という、自分の周りの環境がガラッと変わるという体験で、それまでうまく見出せていなかった自分自身に気付き、環境にうまく結合できるという成功体験を得た。海外に出たからこそ、自分の住む日本の魅力を知らないことに気づき、知らない魅力に触れてみようと、帰国。北海道と東京の往復生活などを経て、Uターンで地元に戻ってきた。その時、偶然、新城市のHPで地域おこし協力隊募集を見つけて、挑戦してみようと応募したそうです。
―有城さんが関わることで、出場者や大会の観覧者はもとより、地元住民、出店者など様々な角度の目線からに立ったスポーツイベントが生まれたのですね。
「そうですね。市民と、行政と、参加者や市外の人たちの協働、連携みたいなものが、すごくいいバランスで出来ていると思っています。それがなぜ可能だったかというと、自分が地域おこし協力隊を経験したからだと思います。協力隊として、行政側の視点を体験できました。同時に、行政の人たちが抱える難しさを知りました。また、協力隊としての経験や、そこで得た人とのつながりの中で、様々なことを学ばせてもらったおかげでもあります。行政、市民の双方の視点を知ることで、問題解決するには、どこに手を伸ばせばいいのかわかるじゃないですか。私が接着剤となり、皆さんの想いをうまくミックスできたことが、今までのイベントと違うのかな、と思っています。また、大会を小規模にすることで、大会の中でも共感が生まれやすい。年に1回の参加者よりは、年に2回、新城市に季節を変えて足を運ぶ人の方がファンになりやすい。それはまちがいない。無理せず、拡大することをゴールにしなかったのは、続けられてる大事なポイントなのかなと思います。参加者や関係者全員が、相互通行しているような大会だと思います。」
―海外留学、国内の色々な地域での仕事経験により、多様な地域性や、それに基づく価値観に触れてきたのですね。
「流れに身を委ねてみたら、色々な場所に赴くことになったということです(笑)。いろいろな経験を経てみて、これからはもう利益や採算性を追求することは、いいかなって気がしますね。そういうことより、出場することなのか、大会を支えるという参加の方法なのか、奥三河が好きだという想いなのか、色々な参加方法を用意しておくことが大事だと思っています。これからは参加の仕方の多様性が、ローカル大会の特色になると感じています。」
従来の考え方であれば、参加者数を増やしていくことが目標と思われがちだが、有城さんたちDA MONDEトレイルは、そうではなかった。自分たちが、自分たちの地域のために、無理なく運営できる規模を維持していくことを大切にした。
もっと人が繋がる仕組みを
―ところで、こちらの喫茶店兼コミュニティスペース「ヤングキャッスル」は、どのような経緯で生まれたのですか?
「DA MONDEトレイルの人と人が出会い、繋がり合える雰囲気がよかったけど、それって大会の時にしか味わえないね、という話を聞きました。だったら、大会運営の次は、日常の中で、DA MONDEの雰囲気が少しでも味わえ、スポーツを通して人と人が繋がれる拠点が必要だと思って、つくってみました。」
取材の最中も、入れ代わり立ち代わり、何人もの人が訪れ、有城さんにちょっとした伝言や、尋ね事をしていく。
―面白い光景ですね。
「そうですね、僕が事務所を構えたとしても、何の用もなく来るのは難しいですよね、でも、喫茶店のような場所であれば、ふらっとコーヒーを飲みに来た、という体で、色々な方が集まりやすい。その結果、色々な話が生まれていく。スポーツに興味のない人に、スポーツの魅力を伝えたりとか。ここがスポーツ好きのたまり場と知らずに普通に喫茶目的で来店した人には、スポーツの匂いがするね、と感じていただければ、実は、こういうことをやっている、とお伝えできる。そういう中から、自分たちの活動を知ってもらったりとか、お互いに関係のなかった人を、スポーツを通じて繋いでいくことができます。こういった居場所が、日常的にあることは、とても大事。DA MONDEトレイルから、もう一歩踏み込んで、ここに行くと、DA MONDEの何かがあるよね、とか。相談に行ってみよう、という場所を具現化したかったわけです。」
―将来の目標、展望はありますか?
「ネットワークや、人やコト、モノが繋がるきっかけとなる場所・機会として、DA MONDEトレイル大会をつくりました。また、日常的に繋がる場所をつくりたいという思いで、コミュニティスペース=喫茶店をつくりました。そして、その次は、これまでの活動から見えてきたことや、出会えた方々との関係を活かしながら、別の事業を展開したいと思っています。それが、環境整備なのか、教育なのか、一般観光振興なのか、まだ未知数ですが、この一年は自分がどんどん外へ出て、トライ&エラーして、見つけていく時期なのかなと思っています。」
平日は飲食店とコミュニティスペースであるヤングキャッスルの運営をメインに働いている有城さん。春と秋にDA MONDEトレイルが開催されるので、そこに向けて準備を進めているそうです。過去に、競技者として参加された方が、スタッフとして大会運営に携わるようになってくれるなど、15回の開催を重ねてきた時間の流れが、人とのつながりを広め、深めている様子もお聞きしました。地元出身ではない奥様も、ご自身のお仕事をしつつ、DA MONDEトレイルの大会スタッフになり、「すっかりDA MONDEの一員です。」と嬉しそうにおっしゃっていました。
2020年、私たちの生活は、大きく変化した。その変化とは、短期的に見れば、移動や外出が制限されることであり、のびのびと自然を楽しみにいくことの大切さをかみしめることにもつながった。長い目で見れば、新しい時代への一歩になることが、様々な分野で始まりつつある。仕事では、会社に出勤することが一般的であったが、今やリモートワークは、当たり前になった。住む場所、働く場所を柔軟に選択する人が増えてきた。2020年末のSNS上でトレンドワードにもなった「風の時代」。形あるものを重視する時代から、自由で多様性を重んじる価値観を象徴する言葉としてとらえられている。
奥三河の山間地を舞台に、新しい時代の息吹を吹き込んでいる有城さんは、まさに、「風の時代」体現している人かもしれない。
次の機会には、ぜひ、ご家族で、お友達と、いや、一人でだって、自然を満喫しに、奥三河の入り口 新城市に足を運んでほしいです。