「使われなくなりつつあるものに、使い続ける選択肢を」
一級建築士が自ら実践する建築の6次化
ガラガラっと表の引き戸を開けて、近所の人がふらりと立ち寄り、注文や伝言をしていく。
それも何人もの方が、次々と。取材でお店を訪れた時の様子だ。
「himitsu kitchen 結」は愛知県北設楽郡東栄町、人口2800人ほどの町の中心にある。
このお店を経営するのは、まるたま合同会社代表社員であり一級建築士の澤井一慶さんだ。
浜松市浜名区で生まれ育った澤井さんは、地元の高校を卒業後、金沢の大学に進学した。
「ものづくりをしたい気持ちと、一方でデザインもしたい思いもあり、いろいろ調べているうちに、建築にたどり着きました。」
母方の祖父は家具職人で、父は会社員の傍らガラス工芸を教えており、ものづくりが身近にある環境で育った。
進学のため移り住んだ金沢で思ってもいなかった考え方に触れることになる。
「浜松では、新しい建物を建てることに対してウエルカムな雰囲気があると思うのですが、金沢では、一概にそうではありませんでした。金沢は戦禍にあっていないので、古い建物が街の一部として現存しています。新しい建物を建てようとすると、景観が壊れるのでは、という懸念を持つ方が少なくありませんでした。そういう感覚は、金沢に行って初めて知りました。」
新しい価値観に触れたことで、大学院での研究テーマが定まった。
「街に対してどう振る舞うか、どうやったら建物が街に溶け込むかということを研究してました。それは多分、今も僕のテーマですね。」
大学院を卒業後、地元浜松に戻り、設計事務所、建設会社に勤務した。会社員時代に、友人のひと言で東栄町とご縁ができた。
「俺の地元の東栄町には空き家があるんだよ、と友人から聞きました。役場を訪ねると、ちょうど良いタイミングで空き家を紹介してくださいました。」
2019年浜松市の友人らとDIYで空き家を店舗へと改修した。
その改修を機に、東栄町にご縁ができ、この空き家の改修に繋がった。
「設計から施工まで、基本的にできる事は僕達がやり、水道ガス工事、電気工事は専門業者さんにお願いしました。大工さんは、本当に手伝ってほしい箇所だけ依頼しました。」
9か月かけて改装する中で、毎週同じ曜日に立ち寄ってくださる方が現れるなど、徐々に顔見知りが増えていった。
「完成する前から常連になってくださいました。そういう状態が生まれたのは、すごく良かった。広告宣伝費にお金を費やすのではなくて、地元に根付いたものを、地元の地域の人たちが気にかけてくれて、通ってくれる場になっている。やりたかったことは、こういうことなんだと気がつきました。」
澤井さんは建築士として、新築するだけでなく古い建物を活かすことで新しい価値を生み出せることに気がついた。
「新築でもいいんです。ただ古い建物を壊す前に使えるかどうか、もう1回考えたらいいんじゃないかな。建築士として、今あるものを使い続ける選択肢もある、ということ伝えられたらいいなと思います。」
東栄町で出会った方と一緒に休耕田を借りてお米を作り始めた。
「使われなくなったものや、使われなくなりつつあるものを蘇らせる点では一緒だよねって。」
インタビューの途中でお客様が来店した。
今日はこれを食べてみようかね、と選んだのは、お米を粉にして製麺したフォー。
「新米が出ると、古米を製造依頼してオリジナルフォーを作ってもらっています。」
お米に対しても、大切に使い切りたいという同じ気持ちが流れている。
himitsu kitchen 結の看板メニューは、澤井さんも含めいろんな方の協力があってできた、お米を使用したおむすびだ。
「お米を育てて、おむすびを結ぶ。建物を設計した後まで関わるっていうのは、建築の6次産業みたいなものですね。みんなが使ってくれる場ができたことは、本当にうれしいです。」
このお店は、2階にドミトリー(相部屋)が併設されている。店舗はおむすび屋のほかに、様々に活用されている。
「スタッフのピアノ講師の教室になる日もあるし、知人の方が夜営業をする日もある。移住した子がこのお店で弁当を販売する日もあります。お店が毎日開いてる状態を作るというのが僕で理想です。」
改修を始めるにあたって、骨子は自分の中で出来上がっていた。
しかし、自分の想いだけで作り込み過ぎるのではなく、対話やワークショップを用いて、訪れた方との問答により具体性を持たせていった。
澤井さんが目指すのは、多様な場でありながら、特定の人にとっては居心地の良い場だ。
先日も、常連さんが103歳のお母様の手を引いて、連れて来て下さったそうだ。
「常連になってから1年半も経つんです。たぶん、この店のことを「連れて行ってもいい場所だ」と思ってくれたのだと思います。
いい場所になったんだと思うと僕は泣きそうでした。」
お店の運営と、設計業務と、田んぼの作業は、どういう割合でバランスを取っているのか尋ねてみた。
「あんまり考えたことないですね。結局、全てが一つ。分けて考えてはいないですね。」
浜松市と東栄町の2地域で活動している澤井さん。
田起こしのシーズンは、地域の方に手伝ってもらったり、移住者の方に協力を仰いだりと、何もかもを一人でやろうとは考えていない。
「綱渡り的な奇跡的な出会いの連続で生かされてるっていう感じですね。」
この場所が多くの方に必要とされる場になるよう丁寧なコミュニケーションを心掛けている。
多様な場であり、だけど、特定の人にとってはすごく居心地のいい場にしたいと願っている。
「結局、僕は影の存在になれたら一番いいんですよね。」
社名の「まるたま」とは究極の安定とか、循環する世界という意味の屋号だと伺った。
建築士として建物を設計するとき、自分の主張が入り込み過ぎないように気を付けているという。
「育っていくかもしれないっていう余地を残しておきたいですね。」
himitsu kitchen 結はおむすび屋でありながら多様な場所になりつつある。
himitsu kitchen 結: https://www.instagram.com/marutama.gk/
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インタビュー・執筆:佐治 真紀 撮影:中島かおる