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あいち田舎暮らし応援団

あいちの山里暮らし人だより

~Michi~

Vol.3

引力と力学 ~失敗した時が学ぶチャンス~

豊根村の林業の第一人者が語る森の仕事と生き方

愛知県で一番人口の少ない小さな自治体、そして、愛知県の最高峰茶臼山がある“てっぺんの村”それが豊根村です。

名古屋市内から、車でおよそ2時間。といっても、新東名や三遠南信自動車道が開通したおかげで、実はアクセスは、グーンとよくなっています。

静岡県、長野県の県境に接し、村の面積の9割以上が森林という、まさに、森の村。県内唯一のスキー場 茶臼山高原スキー場があり、最近は、全国有数の芝桜の花畑でも有名です。

 

豊根村で30年以上にわたり、林業の第一線でご活躍の熊谷 二一さんにお話を伺いました。森の村にお邪魔するのですから、ぜひ、作業の現場を見学したいとお願いしたところ、弁当持参でいらっしゃいとのことで、防寒対策ばっちりで向かいました。

 

―熊谷さんのお名前は珍しいですね。

二一と書いて、「にいち」と読みます。2月の21日に生まれたんで、二一です。豊根で生まれ育った。家族は、今は女房と二人だけ。子どもは会社員で、別の場所で暮らしてる。

 

―熊谷さんは、30年以上豊根森林組合でお仕事をされているそうですね。

そうだね、大学出て、こっちに戻ってきて、他の仕事もしてたけど、親父の仕事も見てたから、森林組合の仕事もぼちぼちするようになった。最初は、切り捨て間伐、下刈りばかりやってて、平成6年に愛知県で、3点セット()を導入することになって、オペレーターの研修があって、それの一期生になった。組合からも2人行ったね。

*スイングヤーダ、プロセッサ、フォワーダなどの高性能林業機械を示す

林業のお話が始まると、次から次へと様々な話題が、熊谷さんの口から飛び出してきました。

現在の作業のやり方、間伐の方法、これからの林業の向かう先。  

町から来た人は一般的に、下草の生えた良い状態の山を見ると、「なに、手入れしてないじゃない?」と思うわな。下に何も生えてなくて、綺麗になっていると、「あーきれいだね」「いいね」と。それはまったくちがう。下草が生えていないとだめなの。何を目的に間伐するかって言ったら、悪い木を切って、太陽を(林床に)当てて、下層植生がいっぱい生えてくるようにするため。下草が生えてくれば土も流れない。実がなれば動物も食べる、茂みができれば鹿も食べる、山はなぜ木が植わっているか、というと、山主が木を育てて、木を売ってお金にするために植えてあるじゃん。良い木を育てたいね。

 

日本は国土の約7割が森林。その森林の内訳は、約6割の天然林と約4割の人工林となります。熊谷さんたちの仕事の現場は、人工林と呼ばれるスギやヒノキの森です。そのスギやヒノキの多くは、第二次世界大戦後、植えられたものです。今日の現場も、残念ながら下層植生が豊かとはいえない暗い森です。そんな森をみて、熊谷さんたちは、この森に少しでも光を届けたい、と作業に励んでいらっしゃいます。

 

「じゃあ、昼飯にしよう」と、作業班のメンバーたちがお弁当を持ち、テントに集合しました。 雪の積もる現場でしたので、寒いかと思いましたが、そんなことはありませんでした。簡易のテントが張ってあり、中で焚火を焚いて、十分に換気しつつ、暖気も逃さず、なんとも温かいお昼ご飯になりました。  

 

「今日は、餅を持ってきたで、みんながどのぐらい知恵をもっとるか試してみたいで、やってみよう!」と、熊谷さんの一声で餅焼き選手権が始まりました。建築用の針金を一人ひとりに渡され、これで工夫して餅を焼いてみて、と。お餅は、奥様の手作り自家製豆餅。

「黒豆を炒って、食べられるようにして。それから、餅米をふかして、豆を入れて、少し塩を入れておっかあが作ったね。」  

林業作業班の若手の皆さんの餅焼きは手慣れたものでした。

 

火のありがたみを感じる時間。そこにいる人を温め、食べるものをこしらえる時間。

 

じっと餅が焼けるのを見守る中で、作業班メンバーの一人がふとおっしゃいました。

「二一さんと一緒に仕事すると、仕事のことはもちろん勉強になるんですが、お昼の休憩に、こうやって餅を焼いたりとか、楽しめる。普通の仕事だとないんです。この時間が勉強になるんです。自分が他の人と仕事するときも、こういうことをやってあげた方が、モチベーションをもって、長く林業に携わってもらえるかなって。そういうところもすごく勉強になります。自然の中で仕事したいって、気持ちがあって林業に入ってきた人でも、長く続けることが難しいんです。でも、二一さんとの仕事は、楽しめるですよね。10年以上やってきて、思うのはそういうことですよね。」

 

その言葉に照れ笑いをしつつも、真剣な眼差しの熊谷さん。

 

林業従事者は即戦力なんて、いないからね。10人いてもセンスあるなっていう人は2-3人。いつの時代でもそうだね。好きだけじゃ覚わっていかない。好きでやって来たけど、やっぱり駄目だったっていう人はいるじゃん。他の道いった方がいいよ、って言えるような、やり直しができるっていうことが大切だね。林業の作業っていうのは、木の重心が判断できればいい。木を切るのに必要なのは、引力と力学。それをマスターすればいい。上のものは下に落ちる。そういう状況判断ができるかどうか。自分がいかに勉強するかってことだね。失敗を成功に導くように、失敗したらなんで失敗したかをよく考えて、今度は成功するようにする。最初は誰もがわかりはしないから、やってるうちにわかってくる。力学は、努力と経験で学べるでね。

 

 若手の皆さんは、うなずきながら熊谷さんの話にじっと耳を傾けていらっしゃいます。

 

高性能林業機械にまつわるお話をお聞きする中で、林業機械の可能性、重要性をお尋ねすると、 「今の林業は機械がないと何にもできん。俺がここにこうやっておれるのも、機械があるから。身体だけで山の中を歩きまわれって言われたら、とっくに引退してるわ。」

 

以前、岡崎の高校生が山の作業を見学にきた時は、人力での作業と、プロセッサーで作業するのを、比較してもらったそうです。枝打ち、玉伐りにこのぐらい時間がかかる、と。人力15分、プロセッサーだと1分。機械は高価だけど、早くて、コスト減になると。

 

若手の作業員に囲まれて仕事をされている熊谷さんですが、気がかりがあります。それは、林業従事者の減少とともに、林業家の後継者が減っていること。

熊谷さんたちのように、森林で作業し対価を得る人のことを、林業従事者と呼びます。一方、山に木を植え、その木を売って生計を立てていくのが林業家。現在は、木材の単価が低く、山から伐り出して売っても、次の木の苗を買い、植林をして、職人に費用を払ってという費用まで賄えないのが現状です。  

熊谷さんは、木材を利用してもらうことが先だとお考えです。そして、使ってもらうためには、常に手入れをし、木の状態を良くしておくことが必要だと。そして、何よりもっとたくさんの人が、木を使って住宅を建てて欲しいと願っていらっしゃいます。

 

―従来の日本の建築様式で家を建てないといけないですか?

いや、そんなことないね。どんな工法でもいいよ。ミックスもありだね。新しい集成材なんかに利用してもらうのもいいね。新しい技術とドッキングするのはありだね。

 

取材のあいだ、作業班の若手の皆さんも一緒に、熊谷さんの話に耳を傾け、時に質問したりと熊谷さんの言葉を一字一句聞き逃さないようなそんな雰囲気が漂っていました。

 

なんとなく聞いてみたい言葉がふと口をついて出ました。

 

―今の若者に伝えることはありますか?

25歳ぐらいって、一度社会に出たけど、何かを考えている年齢だな。まあ、好きなことを見つけて、好きなことに対して邁進してよ。

 

そこにいる皆が、その言葉を聞いて、ホッしたのがわかりました。

 

熊谷さんご自身は、3年前に「月一みどり湖歩こう会8010」をスタートされたそうです。80歳になっても10キロ歩ける体力をつけておきたい、と始めた歩こう会は、第二日曜の10時にみどり湖畔の御池神社をスタート。中止とかは一切なし。新聞に掲載されたこともあり、昔の友人が突然来てくれたり、見ず知らずの方が参加してくださったりと、出会いの場にもなっているそうです。

 

年齢を重ねても、将来を見据え体力作りに余念がない熊谷さん。退職したら、のんびり温泉でも行ってと、話し始めると、すかさず若手から、「熊谷さんに老後はないよねー」と冷やかされるなど、まだまだ林業の第一線に求められている様子が伝わってきました。年齢を重ねても、現役で後進に慕われている姿は、本当にかっこいい!のひと言です。

 

昼食を終え、作業の現場を見学させていただきました。

 

先ほどのゆったりした雰囲気は一掃され、ピリッとした緊張感に包まれる中、ズドーンと木の倒れる音や振動が、あたりの空気を震わせています。

 

 

高性能林業機械を使っての作業というと、もしかしたら、ものすごくハイテクな作業で、人の手はほとんど煩わせないだろう、とお考えの方もいるやもしれませんが、そうではありません。重い木を掴んで移動させたりする場面では、もちろん機械のパワーが威力を発揮しますが、実は緻密なマンパワーによる連係プレーが欠かせないのです。急斜面での作業や、間伐などの狭い空間での作業では、すべてを機械で行うことは出来ません。人力で木を伐り、同時に機械により木を引き上げるなど、危険でありながら繊細で息の合った連携が欠かせないのです。そんな場面だからこそ、一緒に作業するメンバーの意思の疎通こそが、作業の安全性を担保する一番の要なのです。

 

日本の森林は衰退し、課題が山積しているといわれていますが、信念をもって作業に当たる方がいて、その方から学びたい、その人の生き様を見習いたいと慕う若手がいる。

森林を取り巻く現状を変えていくには、次は、私たちのパラダイムシフトが必要なのかもしれません。いや、もうすでに変化し始めているのかも・・・。  

 


 

※この記事は、「聞き書き甲子園作品集 2019年度版」を元に、さらに取材を重ね、内容をまとめたものです。

 

 

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