創業60年、林業を「誇れる」仕事に!
祖父と父が守ってきた会社を終わらせたくない一心で林業業界に飛び込んで5年目の酒井さんのストーリー
柔和な笑顔で私たちを出迎えてくれたのは、酒井陽平さん。
2023年5月に丸兼林業有限会社 取締役に就任された。
林業がやりたくて就職、転職する人が多い中、酒井さんは祖父と父が守ってきた会社を終わらせたくない一心で、5年前に林業業界に飛び込んだ。
祖父の代から
原点は、祖父と過ごしたあの日のワクワク
豊田市小原地区で生まれ育った酒井さん。
祖父の代から林業を生業にしており、身近な業種ではあったが、最初は継ぐ気は全くなかった。
小学1年生の時に亡くなった祖父との印象的な思い出がある。
幼い頃、土場にある重機を操縦する祖父の膝の上によく乗せてもらったのだ。
そのワクワクした気持ちは今も鮮明に覚えている。
大学では都市経営学部に進学を決め、故郷を離れ広島に移り住んだ。
就職活動の際、社長である父からは「継がなくていいからな」という話があった。
社会人として最初に勤めたのは車のディーラーで、早朝から夜中まで忙しくも充実した日々を過ごしていた。
社会人経験も3年経った頃、次第にモヤモヤした気持ちが湧いてきた。
「勤めていた仕事が嫌だったというよりは、自分の代で祖父から続いている会社を潰すのは…という気持ちが生まれてきたんです」
林業をやりたいから、ではなく会社を潰したくない気持ちからだった。
転職、林業へ。学びで出会った同期の存在
社長である父は、林業に就くことを「気持ちは嬉しいけど…」と言ったものの良い顔をしなかった。
危険が伴う仕事であり、これからの林業の将来や健康を心配しての理由からだ。
「それでもやる」と話をすると、最終的には父も「やってみるか」と応援してくれた。
大学時代から付き合っていた現在の奥様も、事後報告だったがあっさり了承してくれた。
当時25歳、林業に関しては全くの素人。
まずは基本的なことから学びたいと考えた。愛知県では、資格等の取得も可能な20日間の研修プログラムがあると知り、すぐに参加を決めた。
転職目前は、土日はディーラーで働きながら平日はその研修に参加する生活を送った。
講習はとても有意義で、技術や必要な機材の使い方、機材の手入れ方法も教えてもらえた。
何より一緒に講習を受けた同期が出来たことが一番の収穫だ。
「みんな林業を目指して入ってきている人たちで、刺激がありましたね。林業ってライバル意識があんまりなくて、他業種に比べて愛知県の山を一緒に守って整備している仲間意識が強いと感じています」
同期とは今も、困った時には相談し合ったり、互いの仕事の情報交換をしあう貴重な仲だそうだ。
林業スタート!現場で勉強の日々
丸兼林業有限会社は、山で木を伐って搬出して出荷する、素材生産が主な業務だ。
他にも、電柱や電線に触れて交通等に支障を来す恐れのある木の伐採を行政からの依頼で行うこともある。
(酒井さんからお借りした写真)
具体的な現場の仕事は、研修後、父の会社で他4名の従業員と1つの班で行動をともにし、働きながら覚えていった。
毎日が、新しい発見の連続で勉強だ。
作業班のメンバーは年齢層も違い、キャリアも2〜3年や10年以上と幅広い。
ディーラーのオフィス業務から林業で肉体労働への仕事への転職。
ギャップは感じなかったのだろうか?
「最初、体力的にはきつくって、水を毎日6リットル持って歩いてました」
元々体を動かすのも好きだったため、徐々に慣れていった。
「メンバーにも恵まれて、教えてもらいながらやれました」と笑顔で振り返る。
森の仕事、魅力とやりがい
異業種からの転職だからこそ感じる、林業の魅力も教えていただいた。
「仕事の一番のやりがいは、目で見て達成感が得やすいことだと思っています。生い茂った木を全部伐った後のまっさらな状態を見ると、自分たちで成し遂げたという達成感はものすごくありますね」
また、プライベート時間を充実させられることも業種の魅力の一つと語る。
「ディーラーだと仕事が終わるのが遅かったのに、林業だと17時ぐらいには作業終わる。こんなに早く終わっていいの?って感じで。最初はその時間をどうしていいか分からなかったです(笑)」
現在は終業後に仲間とフットサルをしたり、プライベートも楽しんでいる。
大きな挫折はなかったが、仲間の怪我や事故には何度かヒヤリと肝を冷やした。
「慣れが一番怖いですね。きちんと工程を踏んで安全を確保していけば、続けていける仕事です。だから最初にきっちり学んだ基本を継続すること、これに尽きます」
酒井さん自身も骨折した経験から、基礎基本の大切さを実感している。
取締役就任と始まったチャレンジ
酒井さんは、いよいよ2024年5月に、代表取締役に就任の予定だ。
退役した父も引き続き同じ職場で働くものの、すでにバトンは託された。
祖父、父と大切にしてきた会社や森林への想いも大切にしながら、これからもっと多くの人に林業に興味を持ってもらいたい気持ちが芽生えてきている。
日本では、守り育てていく森林に対し、林業従事者が圧倒的に少ないためだ。
それにはまず森に興味を持ってもらうことが大切だと考えている。
「興味を持ってもらえるように、キャンプで使える小さめのスウェーデントーチを作ったり、工夫しています。今後はワークショップやマルシェにも参加してみたいです」
これらは支障木として伐採した広葉樹を活用しており、無駄なく木材を活用する社会を、自らが作り上げていくことを実践している。
酒井さんの発信へのチャレンジはすでに始まっている。
誇れる林業を目指して
酒井さんは林業を始めて6年目の30歳。
会社経営を含め、今後の夢を伺った。
「林業をやっていることに誇りを持って働けるような社会にしたいという気持ちがあります。スウェーデンなどの林業の盛んな国は、フォレストワーカーって言って公務員的な位置づけになっているみたいです。日本もそんな感じになれたらいいなと考えています」
社会的に林業従事者の価値を上げたい一方で、ご自身の会社の体制にも思考を巡らせる。
今後は社員を増員し、2班体制を目指したい意向だ。
新人の人材育成やキャリア形成も、林野庁の研修プログラムである緑の雇用の他、国や県の育成プログラムも活用していく。
もちろん会社としても仕事をしながらスキルアップして技術習得を目指し、若手を育てる意識や風土を創っていく。
採用も今後力を入れていきたいことの1つだ。
「経験がないのは最初は誰でも同じです。学ぶ意欲のある方を大切に育てたいですね」
最近始めた会社のInstagramでの発信では、社員同士の仲の良い様子が投稿されている。
酒井さんのように「人間関係は間違いなく自慢出来る」と言い切れる職場は多くはないだろう。
インタビュー終盤、未来を創る子どもたちに林業を知ってもらうには?という話題になった。
すると息子さんの話を教えて下さった。
「うちの子は今2歳で、家に帰ると重機のパンフレットがあって、林業機械の名前を覚えるようになりました。なんか嬉しい気持ちはありますよね」
一層優しい表情の酒井さん。
重機を楽しんだ自分の思い出と重なる。
酒井さんと祖父。
幼いあの日のワクワクも、次の世代へ繋がっていく。
その姿をきっと、祖父の作り上げてきた森が見守ってくれているに違いない。
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インタビュー:佐治真紀 執筆:白井美里 撮影:中島かおる