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~Michi~

Vol.12

老舗酒蔵の9代目が考える「地元が好きだからこそできるブランディング」での地域創生

キーワードは「かっこ良さ」

愛知県岡崎市保久町神水。

神の水という地名の通り、名水に恵まれたこの地区に立つ老舗酒蔵「柴田酒造場」

 

 

その9代目を継承予定なのが、現副社長の柴田佑紀さんだ。

敷地内にある築百数十年の土蔵をカフェに改修するために、クラウドファンディングを利用するなど、老舗の経営に新しい風を呼び込んでいる。

 

海外での仕事の経験を経て、この地でこの職に就いた佑紀さん。過疎化や少子高齢化が例外ではないこの地域を、もっと魅力的にするためにできる事は何か。またその魅力を広く発信するために自分は何をすればいいのか。

 

「世界を見てきた彼だからこその着眼点」と「老舗の伝統を大切にする酒造り」を柔軟にマッチングさせ、最終的には人を呼び込める地域を創生する。  

 

地域の創生という壮大な構想も、日ごろのスモールステップの積み重ねが何より大事だという佑紀さん。

酒蔵があるこの地域を「かっこいい場所」にすることで一体何が起きるのか。彼の想いと取り組みを、きっかけから順に聞いてみる。

 

出身は岡崎市

 

佑紀さんの出身は岡崎市。同じ岡崎市とはいえ、この酒蔵のある神水地区よりかなり町の方だ。

岡崎市内の高校に通っている時に、現8代目当主である柴田秀和さんの長女で、その後に佑紀さんの妻となる充恵さんと出会う。

大学は名古屋の学校を選び入学した。法学部の勉強を日々こなしながら、バイトやサークル活動に精を出すなど、充実した毎日を送っていた。

 

外国への憧れ

 

幼い頃から「自分の知らない世界を見てみたい」という好奇心にあふれていた。

ヨーロッパの趣ある街並みや、そこに暮らす人々。テレビでそんな様子を見ては、いつかは自分の目で見てみたいという想いをだんだんと強くしていった。

大学4年生の時、早々に就職先を決めた佑紀さんは、その夢を叶えるべく、これまでアルバイトに励んだ資金で海外へと一人で旅立った。

 

タイ、インド、エジプト、ラオス、カンボジア。バックパックを担いで回った国々は20か国にも及び、事前にルートを決めない旅のスタイルは、彼に様々な経験をもたらすこととなる。

 

「トータルで4か月くらい旅していました。だまされたり、危ない目に遭ったりもしましたが、それも含めて旅はとても楽しかったです。世界の綺麗な景色が見られたし、なかなか経験できない素晴らしい体験もしました」

 

小さなころからの夢を叶えた体験は、その後の彼の人生の指針ともなり得るもので「仕事でも海外に携わりたい」その思いを強くした。

 

海外での生活そして人生の転機へ

 

世界旅行で海外への想いを強くした佑紀さん。卒業後の就職先では、管理会計の部門への配属を希望した。海外展開をしている自動車部品会社だったので、海外赴任の可能性がある部署で、なおかつ結婚を決めていた妻の実家でも、後々に活かせる仕事を習得したい、との想いからだった。

 

その後、入社3年目の時にアメリカでの駐在が決まり、それを機に入籍した充恵さんと共にオハイオ州へと赴任することになる。

 

充恵さんと結婚した当初は、妻の実家を継ぐ事を決められていたわけではなかった。

しかし、佑紀さんはアメリカで過ごした3年の間に、海外での日本酒の存在を意識するようになっていく。

学生時代に行った海外旅行での経験も含め、彼がアメリカ駐在時に感じた事は「日本の文化が海外ではとてもリスペクトされている」ということだった。

 

 

「日本酒や和食が、もてはやされて注目を浴びていると感じました」

「自分が今後一生やっていく仕事の中で、そういう日本の文化や歴史を世界に発信することができれば、すごくいい人生になるだろうなと、そんな想いが芽生えてきたのです」

 

それと共に、妻の充恵さんにも「自分の実家である酒蔵を、自分の代で絶やしたくない」という想いがあった。二人の想いが重なり、駐在終了の帰国のタイミングで自動車部品会社を退職し、柴田酒造場へと入社することになる。

 

日本酒を世界へ

 

「1年目は酒蔵に入り、酒造りを勉強しました。酒造りを覚えながら自分で何ができるかを模索し、そこからは販路の拡大を中心に担当しています」

佑紀さんが海外で実際に感じた、これからの日本酒への期待感。それを伸ばしていくために海外への販路拡大を決め、海外展開を一から始めることにした。

 

「当初は海外への売り上げはごくわずかな状態でした。自社の商品にネームバリューが無い状態でしたので、海外と取引をするには条件が悪かったのです」

 

外国生活での経験を活かし、海外の顧客と何度も商談をした。時にはいくら商談を重ねても形にならない事も多々あった。

しかし「蔵の人々が苦労して、丹精こめて作った酒だから、その事をしっかりと伝えていきたい」という気持ちが支えとなって、こつこつと種をまき続ける事を諦めなかった。

それは少しずつではあるが形となり、海外の販路も少しずつ広がっていくこととなる。  

コロナ騒ぎがもたらしたもの

 

佑紀さんが柴田酒造場へと入社して、もうすぐ5年が経とうとしている。その中でどうしても避けて通れなかったのが、ここ2年にも及ぶコロナに関する騒動だ。

「もう本当に大変でした。どうなってしまうのだろうという感じ。世間ではお酒が悪者になっていたので。個人のモラルの話だと思うのですが、お酒がコロナを広めているという風潮ですよね」

「飲食店が休業を余儀なくされて、問屋さんや小売店さんは多大な影響を受けました。そして、その方々と取引のある我々メーカーも、同じ様に大きな影響を受けたのです」

「売り上げが前年の半分になった月も数か月あったし、一体どうしたらいいのだと、コロナに翻弄された2年でした」

ところが、コロナ騒動で経営が困窮する一方で、佑紀さんは今までになかったある想いに至ることとなる。

 

 

「この会社を守り抜きたい。その想いが強くなりました」

それまでは、今までの海外経験や、前職の経験の延長で仕事をこなしていたという。自分が継いで行くという意思はあったものの、ここで生まれ育ったわけでもないし、他人事を否定しきれない気持ちが、彼のどこかにあったのも正直な話だ。

 

ところが、コロナで会社が大変な事になり「本当に自分が何とかしなければならない」その強い気持ちが佑紀さんに芽生えてきた。それが自身にとってのいい転機になったのだという。

 

その自覚に伴うかのように、コロナ前に撒いておいた海外への種がぐっと伸びて来て、最近では、海外への売り上げがコロナ前より幾分伸びたという。

諦めずに続けた、粘り強い交渉とフォローが徐々に効果を発揮してきたのだろう。  

 

地域にも目を向けて

 

コロナをきっかけに気づいた自分の会社に対する想い。それは酒蔵のあるこの地域へ目を向けるきっかけにもなった。

「この地域は、豊かな自然に恵まれていて、たくさんの魅力が詰まっています。しかし、それと同時に、少子高齢化による過疎化を原因とした空き家問題や、休耕作地の増加、更には害獣による農作物への被害など、様々な問題が顕在化してきています。会社もそうだけれど、この地域も何とかしていかないと駄目じゃないのかと思うようになりました」

 

色々な問題を持つ中山間地域にある酒蔵として、地域に何ができるのか。自社とともに、地域の発展も考えて行かねばならないという想い。

 

「この地域をもっと魅力的にするために、そしてまた、それを外へと発信するために、自分は何ができるだろうか。その事をいつも念頭に置いて、地域の課題を解決しながら、さらにその先の未来を考えるようになりました」

 

かっこいい地域づくり

 

地域の問題を解決するには、まず魅力ある地域にすること。そう考えた佑紀さんは「かっこいい地域づくり」をコンセプトにした活動に取り組み始める。

地域の魅力が上がっていけば、ここで育った子どもたちがこの土地に根付いてくれるかもしれない。また一度はこの地を後にしたとしても、地域の魅力を思い出して、最終的に戻ってきてくれるかもしれない。

そしてそれは、この地域に初めて訪れる人々にも同じようにあてはまるのだと、彼はそう考える。

 

その人々が「この魅力ある地域に訪れるきっかけになってくれればいい」との想いでオープンさせたのが蔵cafe一合だ。

 

蔵cafe一合

 

柴田酒造場の敷地内には築100年を越える土蔵がある。

酒蔵の歴史を、長きに渡り見守り続けてきたこの建物。その魅力に惹かれた佑紀さんは、いつか何かに使えたらいいとの考えで、地道に片づけを続けてきた。

その土蔵を利用して2020年の夏に期間限定でカフェをオープンした。

 

「最初は自分たちでのDIYと、あるものを利用しての最低限の負担でオープンをさせました」

カフェをやりたいと提案したとき、まず大事だったのは、周りの人の理解を得る事。そして、カフェをオープンさせることが、会社や地域のためになるという事を少しずつ証明していく事。それに必要なのはスモールステップを一歩一歩確実に重ねていく事と考えた佑紀さん。

 

「好きな事をやればいいよと、信じて任せてくれる社長にも、良い結果を報告したい。

そのためには、まずは自分たちでできる範囲でやって、理解を得ながら少しずつ大きくしていきたいと考えました」

 

海外駐在時、慣れない外国で疲れた佑紀さんたち家族の、週末の憩いの場だった地元のコーヒースタンド。

いつかそんな場所を自分たちで作れたらいいな。その時と同じように、この地を訪れる人々に安らぎの時間を与える場所を提供したい。

ひいてはそれがこの地域の魅力を伝えるのにも一役買うはずだ。

 

その想いが伝わったのか、期間限定のオープン期間には、たくさんの人が来店し、蔵cafe一合は2021年の夏、更に進化した形でオープンを迎えることになる。

カフェのメニューに関しても、日本酒造りで長年培ってきた発酵の技術を生かし、わざわざ足を延ばしてでも食べたいと思わせる美味しさ提供するように努力している。

また、ギルトフリーのメニューを提供するなど、今どきの若者のアンテナにかかる事も必要と、SNSなどでの発信も積極的に行っている。

カフェメニューの開発は、妻の妹の梨絵さんが担当。元食品会社勤務の経験を活かしたサポートなどで、家族でしっかりと協力しあっている。

 

そこにはやはり生まれ育ったこの地域への愛着がしっかりと生きている。

 

日々の努力が実を結び、今ではこの場所を目的地にした若い人の姿を見かけることが増えてきた。

 

「日本酒を好む人達の年齢層は、総じて高い事が多いです。しかし、若い人にも日本酒への入り口として、発酵というものに触れてほしい。このカフェが酒蔵の経営ということを知らずに来る人もいるのですが、まずは来てくれることがスタート。そして、地域の事を含めて、酒蔵の事も、日本酒の事も知ってもらえるきっかけになればいいと思っています」

 

ストーリーのある酒造り

佑紀さんが、カフェのオープンと並行して始めた取り組みに、自社による地元での酒米作りがある。

 

酒蔵のある地域では高齢化が進み、今後は休耕作地や耕作放棄地が増えて行くことが予想されている。景観が悪くなり、地域の魅力が半減することを防ぐために休耕田を使った酒米作りを始めたのだ。

 

今までは、全国から仕入れた酒米を使用していたが、今後は自分たちで育てた酒米を少しずつ導入していけたらと考えている。 この地方で湧き出る神水を使って日本酒を仕込んできた柴田酒造場。

その仕込み水と同じ水脈の水で育てた酒米を使うことで、できあがった日本酒には一つのストーリーが生まれる。それが地域貢献にも一役買うということになれば、そのストーリーにさらなる重みが加わるのだ。

 

こだわりを持った材料選びや、商品が出来上がるまでのストーリーは、海外展開を考える上では特に必要不可欠なものであるし、日本酒の付加価値を上げていく。

 

「この山奥の酒蔵で作られたこの日本酒が、遠く海外で飲まれていることにすごく価値があると思うのです。それは地域全体の魅力を上げていくのにもつながるのではないかなと」

 

 

 

これから先の未来へ

 

佑紀さんにはこれから先、この地域の魅力と特色を生かした取り組みをしたいとの夢がある。

例えば、地域に増えてきた空き家を利用して、宿泊施設を作り、ジビエ料理と自社の日本酒のペアリングという、ここでしかできない体験を楽しんでもらう。

また、カフェの空き曜日を利用してのシェアオフィスとしての活用など。

 

「それらを見た地元の学生に、この地域の可能性を感じてもらえたら嬉しいし、トータル的に、酒蔵とこの地域が楽しめる展開をしていきたいと思っています」

 

「移住ということについても、とてもハードルが高いことだと僕は思っているのです。今まで地元の人がハード面や制度面について色々な取り組みをしてきました。もちろんそれは必要なことだと思っています」

「しかし、まずは地域の魅力に対して、若い子が、かっこいいと強く思う気持ちが必要です。それが強くないと、移住したいとの想いまでには至らないのではないかと思っています」

「移住に対する機能的な部分だけではなくて、情緒的な部分に訴えていくことを僕はやって行きたい。その両輪があって初めて人がどんどん入ってくる地域になると漠然とではあるが思っています」

佑紀さんが考える、大切な仕事としての「かっこいい地域づくり」

魅力的な地域を作ることで、人がたくさん集まり、元気な未来を創生する。 カフェの経営も、自社米を使った日本酒造りも、海外への展開もすべてはそこへとつながっていく。

 

「酒蔵の蔵開きのイベントで、手をつないで敷地内を歩くカップルを見かけました。そんな光景は、今までは一度も見たことがありませんでした」

それは、佑紀さんにとって、自分のやっていることが少しずつ実を結んできているという象徴的な出来事となった。

「何にせよ、まずは本業があってのことだと思っています。第一に本業を大切に、地域課題を解決しながら、若い子たちにささる活動をしていきたいと思っています」

 

「かっこいい」

ともすれば軽く取られがちなその言葉に、確かな重みを与えるものは、長らく続いた酒造りの伝統と、地域の存続を心から大切に思う気持ち。

 

 

続いてきた伝統に、新しい風を上手く取り入れながら、佑紀さんは今日もスモールステップを重ねていく。  

インタビュー:佐治真紀 執 筆・撮 影:中島かおる 

 

 

Information

合資会社 柴田酒造場

合資会社 柴田酒造場

〒444-3442 愛知県岡崎市保久町神水39番地

TEL:0564-84-2007

URL:http://shibatabrewery.com/

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