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あいちの山里暮らし人だより

~Michi~

Vol.11

木を使う人にも、森で働く人にも、自然の素晴らしさを伝えたい

安定した雇用形態を求めて岡崎森林組合に来て6年、根っからの自然大好き林業マンのストーリー

生まれ育った場所や幼い頃の自然との触れ合いに導かれ、林業の道に入り20年。自然が大好きな人に林業に携わってほしい、そんな思いを胸に林業の次世代育成に力を入れている岡崎森林組合 平松剛史さんに、お話を伺った。

 

ここは、岡崎市内の名鉄沿線のお寺。セミの声をかき消すほどの大きな機械音が鳴り響いていた。平松さんは、樹上にいた。

 

木を伐る場所は森とは限らない

 

木を伐ると聞くと、多くの人の頭に思い浮かぶのは、太い木を根元から伐っている様子ではないだろうか?今回、取材で拝見したのは、市街地のお寺の樹上で木を伐る「特殊伐採」と呼ばれる現場だった。

 

「特殊伐採」とは、高木を根元から倒さずに伐採する方法。人が木に登り、細かくチェックしながら、どの枝をどのように伐るかを判断し作業する。梢(こずえ)の部分から作業を開始し、伐った枝をロープで地上に下ろす場合もあれば、クレーン車で吊り下ろす方法もある。また、高所作業者に人が乗り込み作業を行う場合もある。いずれも、建築物や送電線などが近くにあり、木を根元から切り倒すと影響を及ぼす恐れがある場合に用いられる伐採方法で、海外では古くからアーボリカルチャーという言葉で広がっている。日本国内でも近年需要が伸び始め、林業界だけでなく造園業界でも広がっている技術である。今回は、木全体の伐採ではなく、お寺の本堂に係るほど伸びてしまった一部の枝だけを、取り払う作業が行われていた。

 

岡崎森林組合には、個人宅やお寺などから、「大きくなり過ぎた木や枝を伐ってほしい」という依頼が寄せられる。市街地で大きく伸び過ぎた高木や枝は、一般の人の技術で伐ることが難しい。隣家との間が狭い場合や、電線などが近くにある場合など、高所作業車を横付けすることが難しい場合も多い。そんな場面に活躍するのが、この「特殊伐採」の技術だ。

 

岡崎森林組合では、3人の方がこの特殊伐採に従事している。その中の一人が平松さんだ。

 

 

自然の中で過ごすことが大好き

 

平松さんは、高校卒業まで神奈川県で過ごした。住んでいた場所は藤沢市湘南エリア。海が近く、自然の豊かな地域だった。

 

「良いところです。居心地が良すぎて、自分を甘やかせてしまうような場所になってしまいそうな気がしました。だから、逆に、この地を離れて外に出てみようと思いました」

 

平松さんには、湘南の他にもう一つ自然と触れ合った大切な思い出の場所がある。それは、父親の転勤で赴いた西ドイツ。通っていた現地の小学校はとてものびのびした雰囲気だった。

 

「小学校1年から3年生まで西ドイツに居ました。週末ごとに家族で森を散歩したことが忘れられません」

 

日本にいた時は、家族で近所の公園に遊びにいくことが多かった。それが西ドイツでは、わざわざ森まで足を延ばして、家族みんなで自然を満喫する暮らしだった。この時の風景が原体験として平松さんの脳裏に温かい思い出としてあるのだという。

 

「ドイツの森での体験が、全ての基本になっている気がします」

 

生まれ育った場所に加え、西ドイツでの家族との楽しい思い出が、平松さんをぐっと自然に引き寄せた。

 

働く場として森を選んだ

 

語学もままならない日本からの転校生を温かく受け入れてくれたドイツでの学校生活。しかし、ドイツでの小学校生活に慣れすぎてしまったせいか、帰国して通った小学校にはなかなか馴染むことができなかった。高校卒業後、平松さんが選んだ進路は「兵庫県立 山の学校」。「自然の中で自分発見!」というスローガンの定員20人の全寮制のユニークな教育を学校でした。たくましく生きる力を培うことを目的に、自然とともに生きる森のことや遊びを含めた自然の中での様々なアクティビティなどを1年間学んだ。ここでの学びを通じて、枝打ち、間伐、草刈りなどの林業体験や、キャンプやカヌー、パラグライダーといったアウトドアイベントもたくさん経験する機会を得た。そして、次の進路に選んだのは山の学校から紹介された兵庫県の森林組合。そこから平松さんの林業マンの人生がスタートした。

 

 

「兵庫県の森林組合では、7年間働きました。信号やコンビニが1つもないようなエリアに住んでいました」

 

自然を相手にした森の中職場での仕事は大変ではあったが、充実した毎日だった。でも、30歳までにもう一度海外に行ってみたいと思い、仕事を辞めワーキングホリデーの制度を利用してカナダに旅立った。そして、日本食レストランで働きながら、カナダを西から東へ縦断した。

 

「チャンスがあれば、カナダで木こりになろうと思っていたのですが、残念ながらその願いは叶いませんでした」

 

 

自然を満喫できる趣味と出会い、もう一度林業の道へ

 

帰国後に出会った趣味が、ロッククライミング。クライミングジムのスタッフをしながらクライミングの技量を磨いた。クライミングに面白さを覚える一方で、林業から離れたことで何か物足りなさを感じていた。やっぱりもう一度木こりをやりたいとの思いが芽生え、長野県や岡山県など各地のガイダンスに出向き、京都府の森林組合に入職した。

 

(写真提供:平松さん)

 

「京都の郊外の森林組合で働きました。週末には京都市内のクライミングジムに通っていて、そこで妻と出会いました」

 

当時働いていた森林組合は、一年ごとの契約。その上、冬場は積雪により仕事ができないため、12月末から1月末までの40日間は仕事の契約が打ち切られていた。

 

「冬場の失業期間は、独身の時はインドに行ったり、カナダに行ったりしてました。でも京都の3年目に結婚し、子どもができると海外には出かけられなくなりました」

 

 

働き続けるには、好きだけでは続かないこともある

 

子どもが生まれたことで、一年契約ではない安定した雇用形態を求める気持ちが生まれた。数年経ち、子どもが小学校に入学する年になり、将来的な子どもの進学についても考えを巡らせるようになると、より一層安定を求める気持ちが大きくなった。

 

平松さんが、林業に従事し始めた25年以上前は、間伐などの作業をする人は請負契約で仕事を任されることが多かった。請負契約の場合、「この山をこの金額で間伐して」と依頼される場合が多く、頑張れば頑張った分だけ収入に直結する。若い時分は体力に任せて量をこなした。ともすると危険と背中合わせの場面もあったが収入面では恵まれていた。しかし、年間を通して安定的に仕事がある時ばかりではないため、長期間働くのに適した雇用条件とは言えなかった。また、場所によっては地元の人が職員でIターンの人は作業員という職場もあり、時には疎外感を感じたこともある。仕事そのものは、大好きだし、自分に合っていると思う。しかし、好きだけで続けられないのも現実。どうにかこの仕事を続けることはできないかと探す中、そんな時ふと足を運んだのが、愛知県の森林の仕事ガイダンスであった。

 

「森林の仕事ガイダンスでは、現在は岡崎森林組合の組合長になっている人物が私に声をかけてくれて、親身に応対してくれました。それが大きなきっかけとなって岡崎に来ることになりました。岡崎は、僕の生まれた神奈川県と妻の出身地の京都の丁度中間なんです。それも理由の一つでしたし、夫婦共通の趣味のクライミングの岩場までものすごく近いとうことも岡崎を選んだ理由でした」

 

当時、間伐作業を担当する人は請負契約での雇用形態であるという森林組合が愛知県内では多かった中で、岡崎森林組合の職員としての安定した雇用条件は、子どもがいる平松さんにとってとても魅力的だった。

 

「安定を求める気持ちにもぴったりくるし、その上、休日のリフレッシュの場所が近くなる。その当時、上の子は小学2年生でしたが、下の子は保育園の年長さんでしたので、引っ越しするには、グッドタイミングでした。愛知県にはクライミングの穴場がたくさんあるし、子どもたちとキャンプにも行きやすいし、ここしかないと思いましたね」

 

こうして、平松さん夫婦は、近隣に先駆けて雇用形態を安定させている岡崎森林組合に希望を持ってIターンしてきた。

 

(写真提供:平松さん)

 

何よりも安全が第一

 

「岡崎森林組合は、全員が正規職員です。総務課や計画班、施業班と分かれて仕事をすることもありますが、草刈り作業などは全員で行なっています。なにしろ、とても風通しが良い職場です。自分の意見を述べて、それが受け入れられる土壌もしっかりあります。」

 

念願の正規職員になり、雇用面で不安なく生活できるようになった。ところが・・・。

 

「雇用形態が安定しているという良いことばかりではないんです。岡崎市は市街地と山が近いので、覚悟を持って移住するようなことを経なくても街からの通勤型で林業に就けるような特性がある場所であると言えます。なので、雇用形態が安定しているし、街から近いからという理由から比較的安易な気持ちで林業の世界に入ってくるような人もみかけます。ところが、こうした甘い考え方や姿勢で自然を相手に仕事をしていたら、一歩間違うと大きな事故につながりかねません。だから、安全に対しては厳しいことをいう時もあります。ストイックにならざるを得ません」

 

今でこそ特殊伐採班のリーダーを務める平松さんだが、岡崎森林組合に採用された当初は、主に間伐作業を担う林産班だった。木を伐って搬出し、それが何かの役に立っているということに生きがいを覚えていた。特殊伐採班の人員が減った都合で特殊伐採班に異動になったが、当初は、慣れない仕事に戸惑った。しかし、様々な知識を身に着けた方が森林組合に貢献できるから頑張ってみようと新しい技術の習得に励んだ。

 

「クライミングをやっているので、慣れているように思われますが、一概にそうとは言えません。たしかに高い所に登るなど共通点もありますが、伐採の場合は、チェンソーなどの道具を持って樹上に上がりますので、危険度は、こちらの方が高いです」

 

地上でチェンソーを扱うことも危険ではあるが、樹上のように、足場が不安定な場所で扱うとなればなおさらだ。そうなると、共に働くメンバーとのコミュニケーションがより重要になってくる。

 

「枝などが上から落ちてくれば、とても危険です。特殊伐採の現場では、地上で作業をしているからといっても気を抜くわけにはいかないんです」

 

平松さんは一緒に作業する若手職員への声掛けにも気を配っている。今回の現場でも、平松さんと共に働いていたのは、20代の若手職員だ。

 

「一人でも多くの林業マンを育てたいと思っています。もっと林業に携わってくれる人が増えるといいですね」

 

職場にいる時だけ安全に気をつければ良いというものではない。アスリートのように体調管理を怠らないことも、仕事のパフォーマンスを上げ、安全に仕事を行う上では大事なことだ。

 

多くの人に木の良さを伝えたい

 

雇用が安定しているという面だけを見て林業を選んでくる人の中には、自然そのものが大好きな人ばかりではない。

 

「林業って、相手は生き物ですし、自然のことに思いを馳せる人に来てほしいですね」

 

平松さんは、根っからの自然大好き人間だ。自分は自然の中にいることが当たり前なので、改めて魅力はと問われると戸惑ってしまうそうだ。

 

「山に行くと嬉しくて、うわーーーって叫びたくなってしまいます。土の上を歩くと、ホッとしますね。僕だけなのかな。みんなそんな気持ちにならないのですか?」

 

生まれ育った環境や幼い頃の経験が、今の自分を形作っていると思っている。だから、原体験の大切さを多くの人に伝えたいし、多くの人に豊かな原体験を提供したいと思っている。

 

「小学校に行ってお話しすることもあります。市民の皆様にも、職員に対しても、伝えることを大事にしていきたいですね」

 

岡崎森林組合では、木育キャラバンと称して、近隣の保育園に木製おもちゃを持参して、木との触れ合いを楽しんでもらう企画なども行っている。

 

(岡崎森林組合HPより引用)

 

自分が林業を教わった時の頃とは、働く環境が変わってきている。若手職員に「背中を見て覚えろ」と言っても今の時代では通用しない。安定した職場に感謝しながら、自分の生活も大切にして長く林業に従事してもらいたいと願っている。正解がどこかにあるわけではない。自然が自分たちにとっていかに大切か、その自然に携わる仕事である林業の重要性や作業に欠かせない安全面への意識づけを丁寧に伝えながら、何より安全を一番に考える林業マンを育てていくため、今日も平松さんは、元気に若手に声をかけている。

 

執筆:佐治 真紀 撮影:中島かおる

Information

岡崎森林組合

岡崎森林組合

〒444-3612 岡崎明見町字田代9番地1

TEL:0564-83-2344

URL:https://okamori.org/

営業時間・定休日:平日8時から17時(土日休み)

HPでは、特殊伐採の様子などがムービーでご覧いただけます

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